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​情報紙 SECOND

SECOND Column Page

​ラーメン外伝126

〜映画「ラーメン侍」幻の脚本 15〜
​大砲ラーメン 店主 香月 均史

シーン15 運命

 目前に二つの手の平が差し出された。山村と端午のものである。「きょうも視てください!」声を揃えて二人一緒に手を突き出された清美は困惑している。すると突然屋台の中から昇のどなり声が聞こえた。通りかかった石焼き芋屋は腰を抜かしながら足早に逃げ去った。

 昇はカウンターの上台を叩きながら、久々に阿形の顔になっている。二人の男たちは顔面蒼白で固まっている。

 「俺はにゃ、この屋台に命を賭けとるったい!それをやめろだの、立ち退けだの、お前らは昼は役所の机でてれっと鼻くそホジっとるだけで給料もろうて、夜は酒飲んでさるき回っとるだけやろ!俺たちゃ夜中まで命張っとるんぞ!泣く子も黙るウシミツドキまでぞ!」

* (光)『それを言うなら〈草木も眠る〉でしょ』

 二人の男は鞄を小脇に抱えて、そそくさと退散した。昇は二人の背中に啖呵を切った。

 「あさって来やがれ」

*(光)『・・・・』 

 「何が歩道の整備だ、駅前開発だぁ、新年早々、最初の客がアレか、胸くそ悪か」昇はコップに酒を注ぎ、一気に飲み干した。「でもねぇアンタ、その話、もう役所で決まったんやないと・・・」心配気な嘉子に昇は言った。

 「バカタレ、そげなコツは勝手に決めさせん。俺でっちゃ清き一票の持ち主ぞ。役所に勝手なコツぁさせん」

 嘉子はつぶやいた。「ばってん、こげな屋台の運命っちゃ・・・はかないもんかも・・・」昇は二杯目の酒を注いだ。

 そんなところへ、山村と端午が揃って暖簾をくぐって来た。なぜか二人は目を赤く腫らしている。「どうしたお前たち?デヤし合いでもしたか?」「アニキ。聞いて下さい」端午は潤んだ声で語りはじめた。「清美ちゃんはカワイソウなんですよぉ」「ああ、あの手相の姉ちゃんか?」「そう、その手相の清美ちゃんは・・・」

 道頓堀の角で、清美は二人の手をそっと降ろしながら言った。「私には主人がいました。でも、主人は私が身籠もったときに病気で亡くなりました・・・。そのとき私は決心をしました。主人の面影だけを胸にしまい、お腹の子をひとりで生んで、ひとりで育てるって・・・そして男の子が生まれました」屋台のカウンター越しに山村は涙声で言った。

 「そんでね、のぼっちゃん、その子がね、その男の子はね・・・、七歳のときに交通事故で亡くなったげな・・・、あんまりやろ?・・・悲しすぎるばい」清美は涙ぐみながら、それでも無理に笑みをたたえて言った。「・・・だから、光くんを見るたびに・・・息子を・・・」

 

−(回想)清美は光を見つめながら

 「光ちゃんはすくすくと育ちますよ。やがて大きくなって、きれいなお嫁さんをもらって、かわいい赤ちゃんが生まれて・・・」清美の瞳は潤んでいた。そして人の運命って・・・いったい何だろうって。そして私は占いの勉強をしました。わずかでもその運命ってものを理解したかったから・・・。人の一生の筋書きを書く神様がいるとすれば、その神様に少しでも近づいてみたかったから・・・」 

 翌日、山村と端午は道頓堀の角に立っている。そこに清美の姿はなかった。その翌日も、そのまた翌日も、清美は現れなかった。

*(光)『山村のおじちゃんとダンゴ兄ちゃんの恋も、はかない運命でした』

 やがて冬は終わろうとしている。道頓堀の角には清美の姿も、山村たちの姿もなく、そこの日だまりには、一輪の白いタンポポが咲いていた。 

​ラーメン外伝125

〜映画「ラーメン侍」幻の脚本 14〜
​大砲ラーメン 店主 香月 均史

 明けましておめでとうございます。本年もコラム「ラーメン外伝」を宜しくお願い致します。

 前号十二月のクリスマスに続き、今号は「正月」の時期と重なった目出たいシーンをお届け致しまする。

 

シーン14 長屋の正月

 

 元旦の朝、光が目を覚ますと、またも枕元に何かある。それは祝いの〈のし袋〉だった。のし袋には、明らかに昇の筆跡で〜おとし玉 三太より〜と書かれてあった。封を開けると、百円札が一枚入っていた。

 二段ベッドを駈け降りると光は昇に抱きついた。「父ちゃんありがとう」 

 昇はわざとらしくとぼけて言った。

 「何のこつか? 礼なら三太のオヤジに言え。それより、きょうは元旦ぞ。別の挨拶があるやろ?」

 「あ、そうか。では、父ちゃん、母ちゃん・・・」

 玄関が開いた。「あけましておめでとうございます」端午の声がした。後ろにはきなこがいる。

 「あけましておめでとうございます」きなこは美しい着物姿である。その後ろには善次郎がいた。

 「アニキ、アニキのお陰で、こうやってきなこに着物も買ってやれたし、何ちゅうてもオヤジの目の手術もできた。ほんに感謝しとります」

 端午は鼻をすすった。

 善次郎も深く頭を下げながら言った。

 「息子たちが大変お世話になっております。お陰さまで親子三人で暮らすこともできました。本当に・・・」

 昇は手をふりながら「よかよか、さ、上がらんの」

 

 長屋の軒のツララから滴がひとつ落ちた。

 屋内では宴もたけなわである。

 「♪あの娘をペットにしたくってニッサンするのはパッカード♪」

 端午が小林旭の〈自動車ショー歌〉を歌いながら踊っている。振り付けはなぜか〈安来節(どじょうすくい)〉である。鼻の五円玉も皆の笑いを誘っている。

 昇も一升瓶を持ったまま踊りはじめた。

 全員大笑いしながら手拍子をしている。

 

快晴の空には、いくつかの凧が揚がっていた。

 どこからか羽子板の音がきこえる。

​ラーメン外伝124

〜映画「ラーメン侍」幻の脚本 13〜
​大砲ラーメン 店主 香月 均史

映画「ラーメン侍」で世に出ることのなかった幻の脚本が、本誌を借りて日の目を見せていただき丸一年。今号は偶然にも今月の時節に合致するシーンのお披露目となった。このシリーズ、もう暫くお付き合いをいただければ有難い。尚、これまでの話の流れは「久留米・大砲ラーメン」のオフィシャルサイト(PC・スマホ)にてバックナンバーを掲載中。

 

シーン14 クリスマス  

 どこからかジングルベルの曲が聞こえる。連結屋台はすでに行列屋台になっていた。満席の弾丸ラーメンの客の中には、パーティ用の派手な三角帽子を被った酔っぱらいもいる。端午の焼き鳥コーナーも満席である。昇は麺を揚げながら大声で端午に言った。「おーいダンゴー、とり団子を三本焼いてくれー、ダンゴ、団子ぞー」客は笑っている。昇の商売は軌道に乗った。

 

 深夜の屋台閉店後、端午はきなこに片付けを預けて飛び出した。「すぐ戻るけん」端午は駆けながら小脇に何か抱えている。クリスマスのプレゼントらしい。道頓堀のゲート下に端午がたどり着くと、そこには清美の姿はなく、代わりに山村が立っていた。山村も何やら大きなプレゼントの包みを持っている。振り返って端午に気づいた山村は言った。「クリスマスは休業のごたるぞ」端午は、弾む息を押さえながらうなずいた。山村はニヤリと笑いながら茶化すように言った。「お前のプレゼントは何や?」「言わんです」「教えんかコラ。どうせテキ屋の売れ残りのバッタもんやろ?」「そげなんじゃなかです」「そう言うヤマさんのは何ですか?どうせカンナかノコギリでしょう」「にやがんな(ふざけるな)、俺にはでりかしぃちゅうモンがある。お前はそげな舶来語すら知らんやろ」「進駐軍のコトバやら知らんでよかです」この二人は恋敵でありながら、仲が良いのか悪いのかわからない。二人はいつまでもゲートの下でもつれあっていた。

 牡丹雪が粉雪に替わった。

 

 翌朝、長屋は雪で覆われていた。朝の雪の静けさのなかで、光は枕に違和感を感じて目を覚ました。枕とベッドの間に、何か無造作に押し込んである。光は寝ぼけまなこでその包みを見た。それは我が家に縁のない高級百貨店〈井筒屋〉の包装紙。そこにはメモが添えられていた。光は新聞折込みの裏面のメモを読んだ。〜メリクリマースひかるくん 三太より〜と、書かれていた。誰が見ても昇の筆跡であった。光が包みを開くと、新品の黒板とチョークのセットだった。二段ベッドを駈け降りると光は昇に抱きついた。「父ちゃんありがとう」昇はわざとらしくとぼけて言った。「何のこつか?礼なら三太のオヤジに言え」

 

 昇は嘉子に商売の提案をしていた。「にゃ、思わんか?ショウガ抜きにしてくれだの、ネギ抜きにしてくれだの、ほんに客はしぇからしか(うっとうしい)。だけん、ショウガもネギもカウンターに置いといて、客に自分で入れさせるったい。そげんすりゃ好かん奴は入れんやろうし、何ちゅうても、俺たちの手間がはぶけろうが」

*(光)『お客さんより、自分の都合を優先するところが、父ちゃんの商道でした』

 善次郎の病室。

 室内はカーテンで遮光されて薄暗い。医師がペンライトで善次郎の目を見ている。後ろには端午ときなこが心配そうに立っている。医師はペンライトを胸ポケットにしまいながら、二人に振り返った。

 「術後の経過も良好で、さきほど包帯を取りました。まだ薄ボンヤリですが、もう見えるはずですよ」医師は二人をベット脇に招いた。端午ときなこは善次郎の顔を、そっとを覗き込んだ。半開きのまぶたで善治郎が言った。「端午、美奈子・・・立派な大人になって・・・」「見えるんやね!お父ちゃん!よかったね」きなこは善次郎の手を握りしめた。善次郎は微笑み、片方の手できなこの頭をなでながら言った。「ありがとう・・・」

 

 その夜、雪を被った弾丸ラーメンから昇のどなり声が聞こえる。昇はカウンターの客を指さしている。

 「コラァ!そこの学生!ネギ入れすぎネギ!コラコラお前、お前たい!ショウガの入れすぎ、スープが真っ赤やんか!」客は皆、恐れおののいている。割り箸を割る手が震えている者もいる。「タダやけんちゅうて、ガバガバ入れるな!バカタレどんが!」昇の後ろには、光の古い黒板が掛けてあり、そこには〜ネギ・ショウガはご自由にどうぞ〜と書かれている。昇のどなり声が雪の夜空に吸い込まれてゆく。

*(光)『父ちゃんの辞書には〈おもてなしの心〉という言葉はありませんでした。そして翌日、父ちゃんは客席のネギとショウガを引っ込めてしまいました。』

 どこからかジングルベルの曲が聞こえる。

​ラーメン外伝123

〜幻のラーメン12〜
​大砲ラーメン 店主 香月 均史

〜前号の続き〜

シーン13 連結屋台

 二台の屋台が軒続きで連結されている。向かって左は〈弾丸ラーメン〉、右の屋台の暖簾には、いかめしい書体で〈金玉やきとり〉と書かれている。暖簾をくぐると、満席である。二つの業態が連結した屋台というのが珍しく、評判になったようだ。カウンターの山村が言った。「のぼっちゃん、ありゃあんまりやろ?」「何や」昇はずらりと並べた丼に忙しそうにスープを注いでいる。「横の屋台の名たい。アレじゃ女の客は来んばい」山村の隣のカップル客がクスクス笑っている。昇はチラリと焼き鳥コーナーを見た。全員男性客だった。しかも全員が肉体労働者風である。先日の酒をこぼした若い男もいる。「人の屋号にガタガタいうな〈コンギョクやきとり〉のどこがイカンか?黄金の弾丸ぞ。睾丸じゃなかとぞ。カッコよかろうが」丼に入れられた麺を菜箸でほぐしながら嘉子がうなづきながら言った。「そうやろう山村さん、だけんあたしゃ、せめてフリガナぐらい打ってっち言いよると」となりでは立ち上る煙に包まれて、ねじり鉢巻きの端午が忙しく焼き鳥を焼いている。きなこは笑顔で元気に接客している。肉体労働者風の客が言った。「姉ちゃん、酒もう一杯、あとダルムも三本ね」「はーい」きなこは一升瓶の栓を抜いた。屋台の外では待ち客がちらほらと並び始めた。

*(光)『焼き鳥でお酒飲んで、締めにラーメンというヨッパライの梯子コースが一軒の屋台でできるので、父ちゃんたちの屋台は評判になりました。でも焼き鳥屋台の名前といい、やっぱり父ちゃんにはデリカシーのかけらもありませんでした』

 

 翌日の夜、焼き鳥屋台の暖簾には、下手な字で〈コンギョク〉とフリガナが打たれていた。きょうも端午兄妹は煙に包まれて忙しい。そこに山村が入ってきた。端午は顔を上げて言った。「いらっしゃい、山村さ・・・」 山村は女連れだった。易者の細川清美である。端午は清美を見て目を見張った。山村は清美を長椅子に促した。端午は横のきなこに耳打ちした。「あの美人、誰やろ?」きなこは首をかしげた。「どうしたダンゴちゃんキョトンとして、あ、そうそう、この人はそこの道頓堀(佐賀銀行久留米店の裏に当時存在した小さな飲み屋街の通称)の角の占いさん。ホソカワキヨミさんでーす」山村は宝物でも見せつけるかのように言った。端午は串を焼く手を止めたまま呆然とつぶやいた。「そ、そういえば、そん、そんな人がおったような・・・」

*(光)『ダンゴ兄ちゃんも清美お姉ちゃんに一目惚れしてしまいました』

 きなこは端午の横顔を見て、それを感じ取ったようだ。手元の焼き鳥が焦げはじめた。「お兄ちゃん!焦げてる!」屋台の屋根から上がる煙がその量を増した。

 

 翌日、端午はねじり鉢巻きの姿で、道頓堀の角にいた。清美に手相をみてもらっているようだ。端午の横にはなぜか光がいる。「そうですね、今までのあなたは仕事運が悪かったようですね・・・でもこれからは、その運はどんどん上向きになります・・・」端午は清美の顔に見とれるだけで、何も聞こえていない。そして突然切り出した。「ぼ、僕の結婚、いや、アナタの結婚、いや、アナタは結婚してますか?」光はニヤニヤしている。

*(光)『やっぱり僕はキューピットかもしれない。いたずら好きの』

 三人の横を石焼き芋のリヤカーが通って行く。遠くで昇の声が聞こえた。「おーいオヤジー、芋くれーイモ!」

 

 数日後、弾丸ラーメンの前、光は毛糸の帽子とマフラー・綿入れ半纏という完全防寒姿でいつものように歩道に絵を描いている。すると千鳥足の男が、光のチョークを持った手元を通り過ぎ、金玉やきとりの暖簾に消えて行った。酔った山村のようだ。暖簾をくぐるなり山村は端午に言った。「おいこらダンゴ!お前、清美ちゃんとこに行ったろ?」端午はあっけにとられながらも、焼き鳥の串を返している。「客として手相をみてもろうたです。それが何かイカンですか」端午はむっとして答えた。「バカタレ!客もクソもあるか、お前はただ清美ちゃんに手を触ってもらいたかっただけやろう、そうやろう、絶対そう、オレはそう思う!」山村はそのままカウンターに突っ伏し、寝言を言いだした。「オレハソウオモウ・・・キヨミチャン・・・」端午ときなこは顔を見合わせた。向こうから昇が声をかけた。「ヤマがどうかしたか?」「い、いや何でんなかです」端午は黙々と焼き鳥を焼いた。

​ラーメン外伝122

〜幻のラーメン11〜
​大砲ラーメン 店主 香月 均史

〜前号の続き〜

シーン12 晩 秋

 弾丸ラーメンの屋台の背後には銀行のビルが並んでいる。昼はオフィス街、夜は屋台街という、二つの顔を持つ大通りである。とはいっても、歩道も車道も当時はコンクリート製だった。コンクリートは現在のアスファルトに比べ、雨に浸食されやすいのだろう、車道のあちこちに穴が空いて水溜まりになっていた。通りの向こうは西鉄久留米駅である。夜になるとほとんど車も通らないので、横断歩道もない大通りを、水溜まりを避けながらゆっくり歩いて渡れた。この一帯が、光の夜の遊び場所であった。銀行ビルの切れ間に、久留米なのになぜか〈道頓堀〉と書かれたゲートがある。小さな歓楽街の入口である。夜になると、そのゲートの下にひとりポツンと座っている女性の易者がいた。小さな台には手の平の絵が描かれたロウソクの行灯が置かれている。

 光は歩道の〈お絵描き〉に遊び疲れると、よくその女性易者のところへ遊びに行った。彼女はいつも優しく光の相手をしてくれた。細くて色白の物静かなその女性は、年の頃は三〇ちょっと前といったところ。

*(光)『行灯のあかり越しに見るその人の笑顔は、なんとなく淋しそうでした。きなこ姉ちゃんといい、僕には何となく淋しげな大人の女性に縁があります』

 「お姉ちゃん、お客さん連れてきたよ」光は無理矢理に山村を引っ張ってきた。山村は女性易者の顔をひと目見たとたん茫然としている。彼女は言った。「だめよ光ちゃん、占いの押し売りは」「いいやん、ねぇ山ちゃんおじちゃん」光は山村に同意を求めたが、山村はただ彼女を見つめている。一目惚れ状態だ。「ぼ、僕は山村秀一、さ、三〇歳です」山村は緊張のあまり自己紹介をはじめた。彼女はクスリと笑って応えた。「細川清美、歳はあなたより少しだけ下す」老朽化したゲートのネオンが〈ジー〉という音を立てている。一台のオート三輪車が三人の横を走り抜けた。行灯の炎が少し揺れた。山村は清美に左手を預けたまま、清美の顔をじっと見続けている。「そうですね・・・大工さんならあと一〇年以内には頭領になれますよ」清美は真剣な顔で手相をみている。山村が訊いた。「け、結婚は?」「そうですね、結婚運は・・・」山村は清美の鑑定を遮って続けた。「い、いや、アナタの結婚・・・いや、アナタは結婚してますか?」「えっ」清美は顔を上げた。そして笑いながら首を横に振った。山村は満足そうに満面の笑みでうなづいた。

*(光)『僕はキューピットかもしれない』

 山村はいい歳して、スキップしながら通りの向こうに消えていった。「お姉ちゃん、ぼくの手もみてくれる?」光は小さな手を差し出した。清美はその手をそっと持ったが、光の顔だけを見ながら答えた。「光ちゃんはすくすくと育ちますよ。やがて大きくなって、きれいなお嫁さんをもらって、かわいい赤ちゃんが生まれて・・・」

 ほほえみながらも、なぜか清美の瞳は潤んでいた。

 殆ど葉の落ちた街路樹の下を石焼き芋売りのリヤカーが通り過ぎて行く。「いーしやーきぃーもー」遠くで昇の声が聞こえる。「おーいオヤジー、芋くれーイモ。光〜お前も喰うか〜イモ!」

*(光)『父ちゃんの辞書にはデリカシーという文字はないらしい』

 

 弾丸ラーメンのカウンターでは、隣の焼き鳥屋台〈英ちゃん〉の主人・末野英人(32歳)が昇に何やら相談している。横には移動飲食業組合(屋台組合)の組合長・白垣猪吉(36歳)が座っている。「・・・ということで、小さいながらも店舗を持つことになって・・・」末野は言った。そこに組合長の白垣が話を補足した。「英ちゃんも嫁さんもらったきっかけに、心機一転、小さな食堂ば構えることになったったい。そこで、のぼっちゃんに相談やけど・・・、屋台仲間のよしみで、隣の英ちゃんの屋台ば買い取ってもらえんかね?」白垣はあらためて昇たちを見回した。そこには昇夫婦と櫛野兄妹の四人が立っている。白垣は言った。「しかし、従業員が増えたねぇ」「こいつらは居候たい。給料やら払うカネはなか。・・・まあ、英ちゃんと組合長が二人そろっての頼みごとなら・・・しょんなかねぇ」昇は端午兄妹を見て言った。「ダンゴときなこ、お前らやってみるか?焼き鳥の屋台」端午は答えた。「はい!アニキにいわれるコツなら何でっちゃします。」いつのまにか昇の舎弟になっている。端午は続けた。「俺、テキ屋仲間の夜店で焼き鳥も焼いとりました」「きなこは?」きなこは笑顔で答えた。「はい、喜んで!」「居酒屋かよ」昇は言った「英ちゃん、そんかわり、権利金は月賦でよかや?」「はい、喜んで」一同は笑った。

 そこに山村が鼻歌交じりで入ってきた。ご機嫌である。「♪オレは待ってるぜぇ〜っち。おッ今日は満員御礼?と言っても、みんなカンケイシャかぁ」山村は酔っていた。「ほんじゃ、のぼっちゃん、宜しく頼んどくばい」白垣と末野はのれんをくぐり出た。「なんかヨカことでもあったか?」昇はコップを山村の前に置き、酒を注ぎながら言った。

 「ジンセイはステタもんじゃぁない!ヒック・・・。たった一度の出会いが、ヒック、ミライへの道を大きく照らすのだぁ、ヒック」山村はカウンターに突っ伏した。昇は素早く山村のコップ酒を取り上げた。「お前はもう飲むな」昇はその酒を一気に飲み干した。

 深まる秋の夜の冷気で、屋台から立ちのぼる湯気は、一段とその濃さを増していた。

〜次号へ続く〜​

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